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2016/12/26

凶器に化けた「法面水路」 小水力発電所の死亡事故 【日経コンストラクション】

2016年12月26日掲載
 全国どこにでもある何の変哲もないコンクリート製の水路が、牙を向く──。1月25日、鳥取県日南町の新石見小水力発電所で死傷者3人を出した事故は、まさにそのような形容がふさわしい。
 事故当日までの2日間で降った70~80cmの雪が、氷点下10度の気温と相まって開きょ式の導水路に付着し、通水を阻害。その影響であふれた水が引き金となり、斜面が崩落し、民家を襲った。
 新石見小水力発電所は、固定価格買取制度(FIT)に基づく「既設導水路活用型」の施設だ。1953年に造られた石見発電所を改良して、2015年10月に稼働を始めた。改良設計者は荒谷建設コンサルタント(広島市)・八千代エンジニヤリングJV(共同企業体)だ。
 発電所を所管する経済産業省は、改良した矢先の事故であることから徹底した原因究明を日南町に指示。学識経験者や業界団体など第三者の意見を踏まえた事故報告書が、2016年8月にようやくまとまった。改良設計や管理などの面で、様々な問題が明らかになった。

  表土層流出と同時に側壁が崩壊

 新石見小水力発電所は、九塚(くづか)川から引いた水を長さ1.2kmの導水路を通して、ヘッドタンク(上水槽)にため、落ち葉などを除去してから、落差のある水圧管に流して発電する仕組みだ。ヘッドタンクの手前120m付近の導水路で、問題の事故が生じた。
 被害の直接の要因は、導水路からの越流水とそれに伴う土砂崩壊だ。越流した水が表土層を削り取り、支えのなくなった側壁が水圧に耐えられずに崩壊。水が一気にあふれ出して、最終的に約150m3(立方メートル)の土砂が流れた。
 ヘッドタンクには導水路からの余剰水を放流する目的で、越流堰と余水路を設けている。自然流下のため、ヘッドタンクの位置は導水路よりも低い。処理能力以上の水が流れれば、真っ先に越流堰を伝って余水路に吐ける想定で、導水路から水があふれることはあり得ないはずだった。

  ヘッドタンクの改良設計があだに

 事故報告書では導水路から越流した原因の一つに、改良後のヘッドタンクが雪の堆積しやすい構造だったことを挙げている。
 例えば、新しく設置した除じん機と巻き取り型のメッシュスクリーンだ。スクリーンが定期的にベルトコンベヤーのように巻き上がり、落ち葉などを自動で撤去する。改良前の固定型のバースクリーンと比較して、網目が密で雪が詰まりやすかった。
 そのほか、改良時に加えた管理用のはしごや、水路に流れてきた浮遊物を物理的に止める鉄板にも雪氷が付着。また、改良で水の滞留面積を広げたことも、雪の堆積に拍車をかけた。
 大量に堆積した雪が、余水路への越流を妨げ、ヘッドタンク内の水位は上昇。さらにメッシュスクリーンはたまった雪の重みで巻き上がらなくなり、除じん機が自動停止し、連動して発電機も止まった。水圧管への供給が遮断され、導水路内の水位上昇を引き起こした。
 メッシュスクリーンは、最近の除じん設備では一般的に使われている。しかし、日南町の久城隆敏住民課長は、「積雪地帯にメッシュスクリーンなどが適切だったのか。最終的に採用を決めた我々に責任はあるが、一方で専門的知見からもう少し配慮してほしかった」と振り返る。
 流末部に水の流れと直角方向に配置した越流堰の構造も、事態を悪化させた。越流阻害物が集中しやすく、余水を排出しにくい。
 導水路自体は改良の対象外だったが、開きょ式という元々の構造が、通水を阻害しやすい問題点を抱えていた。雪が直接降り注いだり、導水路沿いにある木の枝に積もった雪が重みでしなって落ちたりして、それらが導水路内で凍結。これも通水の阻害要因となった。

  技術の進化が皮肉にも事故に

 事故報告書では、当日の管理の不手際も指摘している。除じん機が停止した際、日南町の職員は故障の通知をメールで受信した。しかし、携帯端末で発電出力に問題がないことも確認したため、「除じん機が機能しなくても水は余水路へ流れる」と判断。管理を委託している「水路管理人」に指示をしなかった。
 遠隔監視による緊急メールを職員が受け取るシステムは、今回の改良を機に導入したものだ。それまでは、水路管理人が現地で異常を確認していた。また、このシステムの導入と同時に、日南町では管理人が交代していた。前任は60歳代の熟練者だったが、高齢や管理の重責からの解放を理由に、後進に道を譲った。
 大雪警報で取水口を止めるという管理方針はあったが、事故当日は日南町に注意報しか出ていなかった。前任の管理人は後日談で、「これほどの雪が降れば、自分ならば取水口を止めていた」と話している。
 久城課長は、「水路があった区域の天気の移り変わりや気温から、警報に相当する状況だったと聞く。だが、それは何十年と管理をして培った感覚でなければ分からないだろう」と指摘する。遠隔監視など、管理の手間を省くために導入した技術で、皮肉にも大事故につながる前兆を見逃してしまった。

  「外力として雪は考慮していない」

 事故報告書を受け取った経産省は8月29日、日南町に口頭注意した。発電用水力設備に関する技術基準を定める省令の「ヘッドタンクの水位上昇が導水路に悪影響を及ぼさないように維持する」という項目に、違反していると考えられたためだ。
 気になるのが、焦点の一つである改良設計の思想だ。積雪を踏まえて、導水路の水位が上昇しないように考慮したのか──。荒谷建設コンサルタントJVのうち、ヘッドタンクの設計を主に担った八千代エンジニヤリングに話を聞くと、以下の答えが返ってきた。
 「設計上、外力として雪は考慮していない。ただし技術基準を定める省令や仕様書などに基づいて、適切に設計したと考えている」(総合事業本部の眞間修一総括副本部長)。
 技術省令が定めるヘッドタンクの項目には、地震や土圧などに対する安定検討を求めているが、確かに雪に対する記載はない。日南町の小水力発電の改良設計のプロポーザル公告でも、降雪時の配慮などの検討事項はなく、八千代エンジニヤリングは「降雪時に発電機は稼働させない前提で設計した」と主張している。
 一方で、同社は「雪の影響を全く無視していたわけではない」とも主張する。眞間副本部長は、「発注者との打ち合わせで、担当者が『雪に対しては導水路に蓋をするのが望ましい』と伝えていたようだが、成果報告書には記載していなかった」と説明する。
 改良前は管理人の個人スキルで、かなりの安全が担保されていた。改良範囲がヘッドタンクなど一部だったこともあり、改良後の管理体制まで考えが至らなかったのも事実だ。
 同社は死亡事故を重く受け止めており、眞間副本部長は「発注者から提示された設計条件以外に課題があれば、予算上実施可能かどうかは別として、発注者に記録として残すように、社内で周知徹底したい」と気を引き締める。

  同様の事故は排水路や農水路でも

 日南町は再発防止策として、ヘッドタンクを再度改良するほか、雪の堆積を防ぐために、導水路の全線暗きょ化の方針などを打ち出した。売電収入の一部を当てて、5年間で対策工事を終わらせる予定だ。
 もっとも、暗きょ化は事故を防ぐ手立ての一つではあるが、事故の本質は雪が積もらない構造にすれば解決するという単純なものではない。
 「暗きょでも土砂崩壊で壊れれば、水があふれる。導水路で事故があったときに、取水停止の機能を持たせるルールづくりなどを議論する余地がありそうだ」。全国小水力利用推進協議会の中島大事務局長はこう指摘する。実際に熊本地震では、九州電力黒川第一発電所の事故で同様の危険性が浮き彫りになった。
 危険なのは発電用の施設だけではない。越流や地震の崩壊を機に、ひとたび水や土砂を頭上から降らす“凶器”に変わるという点では、全国至るところに存在する排水路や農業用水路などにも同様のリスクが潜む。
 道路法面の排水路では、たまった落ち葉や土砂が阻害物となり、水があふれて斜面崩落するケースが多い。しかし、守るべき対象範囲が広すぎてコストが膨大に掛かるため、抜本的な対策を打てていない。一方、農業用水路や小水力用の導水路では、直下に民家がある場所だけを防ぐという考え方もあり得る。
 土砂崩壊を誘因する状況を見抜くすべがないわけでもない。例えば、図1(j-waterのホームページ上では省略)で示したように、今回、死亡事故につながった土砂災害が発生した箇所は、土砂災害特別警戒区域の範囲内だった。
 鳥取県は日南町の事故後、各市町村に対して、土砂災害警戒区域内の農業用水路における泥や落石などの通水阻害物の点検を依頼。該当する2200カ所中、29カ所で通水阻害を確認して撤去した。まずはできる対策を打ち、少しでも潜在リスクを排除することが望まれる。
(日経コンストラクション 真鍋政彦)
[日経コンストラクション2016年10月10日号の記事を再構成]

http://www.nikkei.com/article/DGXMZO09387490Q6A111C1000000/

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